急がず、休まず

道を歩いているとき、石につまずいたとします。その反応の仕方はそれぞれです。自分がうかつであったと反省する人、石に腹を立てる人、石をそこに置いた人間を恨む人・・・・・。一つ一つの出来事をどう受け取るかによって、人生は良い意味でも、悪い意味でも大きく変わるといわれます。物事をどのような目線で見ていくことが大事なのか。庭野日鑛・立正佼成会会長による智慧と慈悲のメッセージを贈ります。

検索


急がず、休まず

開祖さまの苦労

  • 苦悩
  • 宗教

開祖さまは、新興宗教と言われるなど、いろいろな非難を浴びながらも、WCRP(世界宗教者平和会議)を立ち上げるような活躍をされました。いろいろな中傷、誹謗(ひぼう)を受けながら、教団をだんだんと仏さまの教えに近づけるために努力をされる過程で、胃潰瘍(かいよう)とか十二指腸潰瘍にもなり、手術までされました。精神的なことが影響して、そうした病気にもなられたのですから、開祖さまも大変苦しまれたわけです。
しかし、開祖さまは、愚痴を言わない、泣き言も言わない、いつも落ち込まない、そして人を非難されません。ある新聞で、佼成会叩(たた)きと申しましょうか、そうしたこともあったわけですけれども、むしろ菩薩として崇(あが)められました。いろいろなことを、いつも笑顔で受けてこられたのです。私たちの理想像としての開祖さまは、そういう方であります。
私たちは、自分が努力すれば、すごい人間になれるなどと考えたりします。一つの誇りでもあるのでしょうが、仏さまは、みんな平等なのだと教えてくださっています。人より偉いわけでもないし、偉くないわけでもない。以上でも、以下でもない、そう思えば、別に落ち込むこともないわけです。
その意味で開祖さまは、落ち込みもせず、人からおだてられて傲慢(ごうまん)になることもありませんでした。愚痴も言わない、泣き言も言わない、相手を攻撃しない、非難しない、中傷しない。みんな笑顔で受けとめられて、ずっと佼成会を引っ張ってこられたわけです。
そうした理想像があるのですから、私たちも開祖さまのように、いつも笑顔で精進ができるお互いさまであることが、人生の一つの大きなテーマと言ってもよろしいかと思います。私自身、開祖さまのような理想像、人間像に向けて、いま精進をさせて頂いているところであります。

『佼成新聞』(佼成出版社)より


この記事を誰かに伝えたいですか?