やくしんInterview

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人との縁が、味わいを生む 川畑裕徳さん(紬・革職人)

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日本の伝統工芸や文化が世界から高い評価を受けている。織物、木工、漆器、和紙……。熟練の職人技もさることながら、脈々と受け継がれる職人魂に感動する外国人は多いという。一方、継ぎ手不足で消えゆく伝統も少なくない。
そんななか、日本の南海に浮かぶ奄美大島で、千三百年の歴史をもつ伝統工芸「本場奄美大島紬(つむぎ)」を次世代に継承しようと奮闘する青年がいる。
呉服店を営む川畑裕徳さん。紬とレザー(革)、異色の融合にかける思いとは――。



【プロフィル】
川畑裕徳(かわばた・ひろのり)
1978年、鹿児島県奄美市生まれ。奄美大島の高校を卒業後、上京。自動車メーカーやビル解体業で働きながら、愛車のハーレーダビッドソンで日本全国を回る。その後、27歳でオーストラリアに渡り、先住民族アボリジニの伝統楽器「ディジュリドゥ」と現代楽器の合奏に感銘を受け、大島紬と革製品を組み合わせた小物を考案。現在、ハンドメイド商品を販売する店舗「紬レザーかすり」を営むとともに、展示会や物産イベントなどで「本場奄美大島紬」のPRに励む。


島の誇り

――川畑さんが製作されている「紬レザーかすり」には、日本伝統工芸品に指定されている「大島紬」が使われています。大島紬とは、どのようなものでしょうか。

蚕(かいこ)の繭(まゆ)から糸を引き出し、ひねりをかけて丈夫な糸に仕上げて織った絹織物を「紬」といいます。大島紬は、六十を超える製造工程のすべてを手作業で行ない、泥で糸を黒く先染めする「泥染め」や、糸自体に柄をつける「絣(かすり)作り」など、奄美大島(鹿児島県)独自の技法を用いて手織られた紬です。国の重要無形文化財に認定されている「結城紬」と並んで日本二大紬の一つといわれています。

大島紬の魅力は、なんといっても、手織りの温か味です。経(たて)糸と緯(よこ)糸が交差し合い、点が線となり、線が柄となる絣模様。手間を惜しまぬ糸染めによって生まれる、独特のツヤ。1300年も前から、島の先人たちが知恵や技術を伝承しながら、糸一本一本に心を込めて織り続けてきた紬は、島の誇りです。……が、僕も含めて、日本人が着物を着なくなり、また、低価格・大量生産が売りの「ファストファッション」が市場を占めるようになったことで、その生産量は目に見えて激減しています。

僕は、この厳しい岐路に立たされている島の伝統工芸を、絶やしたくない。この先も何十年、何百年と継承されてほしい。そう思って、「紬レザーかすり」を始めました。


異色のコラボレーション

――レザー(革)と組み合わせるというアイデアがとても斬新で、現代風ですね。

二十代の頃、オーストラリアに一年間住んでいたことがあって。ある時、道端で、アボリジニ(先住民族)の人たちが伝統楽器「ディジュリドゥ」を演奏していたんです。しかも、単独じゃなくて、ドラムやギターといった現代楽器とコラボレーションしている。奏者の人種もさまざまで、その光景と奏でられる音に、僕は一瞬でノックアウトされてしまった。

その時、自分が趣味として作り続けてきた革製品と、故郷である奄美大島に伝わる紬を融合させたら、どんな面白い化学反応が起きるのだろう、という考えが浮かんだんです。新しさも味も出せる革の可能性と、紬ならではのぬくもりをうまく融合させられたらと、日夜、研究開発に励んでいます。

初めは、伝統ある紬をハギレとして扱い、しかも革と組み合わせるなんて、先輩方から批判を受けることも正直覚悟しました。でも、大島紬を深く愛するからこそ、紬の再生と復活を願って、「どんどんやれ」とみんなが背中を押してくれたんです。嬉しかったです。

祖母が創業して父が継いだ川畑呉服店。そこで新たな挑戦を始めて十年になりますが、革にこだわらず、染物やアクセサリー、楽器など多様なジャンルのものとコラボレーションしてきました。木工職人さんと奄美の琉球松を泥染めして、紬を貼って製作した時計は、「本場奄美大島紬・西陣コラボ展」で京都府知事賞をいただきました。

商売なので、もちろん利益は大事。でも、いろいろな人と交流して、刺激を受けるなかで、新しいアイデアや次の仕事につながって……。本当に一歩ずつですけれど、伝統工芸という枠に留まっていた大島紬が、新たなステージに立てるようになってきたかな、と感じています。


可能性は無限大

――伝統を守りつつ、殻を破っていく。言葉では簡単に言えますが、とても難しい挑戦ですね。

良い物を作るのは基本です。そのうえで、僕はお客さんやクライアントさんとのふれあいを大事にしています。好きな色や柄、趣味、家族構成、購入動機など、いろいろ聞くと、相手に親近感がわきますよね。そのお客さんのことを思い浮かべて作っていくと、出来あがった商品一つひとつにオリジナル感が出るんです。それが、殻を破っていくことにつながるんだと思います。

やっぱり、作る物に味わいを出せるかどうかって、技術と同時に、人の縁や思いが大きいと思う。大島紬も、職人さんたちの思いが縫い込められて、あの風合いが出る。人と出会い、語り合うなかで、相手の心にふれて、それが自分の深みになり、肌や指先を通じて作る物に伝わっていくんだと思います。

若い頃、バイクで日本各地を回ったとき、行く先々で地元の人たちが親切にしてくれたんです。ジュースやお菓子をくれたり、時には、僕のテントで酒盛りしたり、家に一か月近く泊めてくれたご夫婦もいました。そういう人の優しさって、一生忘れないですよね。だから今度は、僕が返す番。奄美に足を運んでくれた人たちに、島や紬の魅力を伝えることで、出会った人の人生がほんの少しでも明るく、温かいものになればと願っています。

――近年、日本の文化や伝統工芸が世界から再評価されています。大島紬も、世界に発信していく機会が増えそうですね。

海外から高い評価を受けている〝KIMONOブーム〟の追い風を生かし、今後は展示会や物産イベントと併せて、フェイスブックやLINEといったSNSをフル活用しながら、「本場奄美大島紬」をPRしていきたいと思っています。

一方で、島の人たちは、祖父母から受け継いだ紬をもっていることが多いんです。大好きなお祖母(ばあ)ちゃんの紬を箪笥(たんす)に眠らせておくのは切ないからと、小物にリメイクする人もいます。また、島には大学がないので、進学したい子は高校卒業と同時に島を出なければなりません。その際、奄美出身である証として、紬レザーの財布やパスケースを買ってくれる若い子も増えています。そういう思いを聞くと、作り甲斐(がい)を感じます。深い歴史が刻まれた紬にふれると緊張しますが、家族の絆や人生の門出にかかわれた喜びをかみしめながら製作しています。


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