やくしんInterview

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即今着手(そっこんちゃくしゅ)。今日はいい話を聞いた。よし、すぐやろう。 寺田一清さん(不尽叢書刊行会代表)

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一、朝のあいさつをする子に 二、「ハイ」とはっきり返事のできる子に 三、席を立ったら必ず椅子(いす)を入れ、履物を脱いだら必ずそろえる子に──。「しつけの三原則」で、なじみ深いこの言葉は、稀代(きたい)の教育哲学者・森信三(もりしんぞう)師が提唱したものだ。森師から直接教えを受け、その普及に尽力されたのが寺田一清さんだ。いまなお、教えを実践し、多くの人に語り続けている寺田さんに話をうかがった。


【プロフィル】
寺田一清(てらだ・いっせい)
1927年、大阪府生まれ。旧制岸和田中学を卒業し、東亜外事専門学校に進むも病気のため中退。以後、家業の呉服商に従事。1965年以来、森信三師に師事。著作の編集発行を担当する。 社団法人「実践人の家」参与。不尽叢書刊行会代表。編著書に『森信三先生随聞記』『森信三一日一語』『森信三の生き方信條』(いずれも致知出版社)など多数。


「終生の師」を求めて

――寺田さんは、長きにわたり森信三先生のもとで、直接教えを受けてこられました。当初、寺田さんは呉服商を営みながら、さまざまに道理や真理を求めておられたそうですが、その心境は、どのようなものだったのでしょうか。

父は呉服屋を営みながらも、モラロジー(道徳科学)に縁がありましたし、母は天理教を信仰しておりましたので、もともと求道的な環境が整っていたこともあります。しかし、大きくは、私自身が病弱だったことが「道」を求めざるを得ない第一の理由ですねえ。

戦地から帰った長兄が結核を患い、早世したことで、家業を継ぐ気もなかった私が実家に入ることになりました。体が弱く、性格上、商売も合わないながら一所懸命に働いておりましたが、その間にも、私は教えを求める日々を送っていました。三十代で愛町分(あいまちぶん)教会(天理教の一派)の関根豊松(せきねとよまつ)先生の存在を知って、毎月、大阪から名古屋まで講義を聞きに通いました。愛町には、五年間通い詰めましたが、関根先生が亡くなり、その縁も切れてしまいました。再び商売のかたわら、新たな「導師」を求める日々に戻ったわけですが、森信三先生の教えにふれる機会はその時に訪れたのです。


「人生二度なし」を知る

――森信三先生と出会われて、寺田さんの人生はどのように変わられたのでしょうか。

私が三十七歳の時、小学校時代の恩師である露口忠春(つゆぐちただはる)先生が校長に就任されたというので、ご挨拶に伺(うかが)ったときのことでした。露口先生が師範学校時代からご指導を仰ぎ、尊敬しているという森信三先生のお話をされ、さらに近々、森先生の全集が発刊されるといいます。

恩師の薦(すす)める全集です。買わない理由はありません。二十五巻に及ぶ全集をまとめて購入することにしました。「呉服屋が即金で全巻を求めた」という話は森先生の耳にも入り、それが直接お会いするきっかけとなりました。

当時、森先生の周りには、いつも立派な助教授クラスの方がたがおられましたが、森先生から少しでも厳しいことを言われると、皆どこかに去ってしまうのです。私ももちろん言われました。しかし、私には学歴がない分、森先生のおっしゃることを全面的に信じました。先生の言葉100分の120受け入れようという態勢が整っていたのでしょうね。

森先生の言葉をもらさず聴き取ろうと試み、一語一語を短冊に書きとめ続けて10年。のちに、それは『森信三先生一日一語』という本として形になりました。

森先生の書かれる本は、哲学論文のように難解なものもありますが、「人生二度なし」「しつけの三原則」といった、誰にでもすぐに理解でき、実践できる教えがたくさんあります。森先生にご縁をいただき、先生の言葉から学びたいと誰よりも強く願い、気がつけば五十余年。まさに、人生の師ですね。「終生の師」に出会えたことは、まさに人生最大の至福です。


つねに「身心相即」

――寺田さんがいただいた森信三先生の教えの中で、最初に挙げたい言葉を教えてください。

最初に「これだ」と、森先生に惚れ込むことになった教えの一つに、「飯菜別食完全咀嚼法(はんさいべっしょくかんぜんそしゃくほう)」がありますね。一見、難しそうですが、字を見れば分かります。とても実践的な食べ方を教えてくださっています。

ご飯を口に入れてよく噛(か)んで、のどを通ったら、おかずを口にしてよく噛み、のどを通らせて、またご飯をいただく。要するに、ご飯とおかずとを完全に分けて咀嚼し、飲み込んでから順々にいただくという食事作法です。食べ方も美しく見え、胃への負担も少ない。私自身、いまも続けています。

――具体的ですから今日からやってみようという気持ちになります。

実践して身を正してこそ、心も正される。森信三先生の教えはつねに「身心相即(しんしんそうそく)」です。これが魅力ですね。「身」が先になっているように、日常生活の実践をとおして心を正すわけですから、実に分かりやすい。
「心を清めなさい」
「正しいことをしなさい」
といった言葉で、いくらしつけようとしても、子どもはおそらくいったい何を始めればよいか分からない。私なども観念的に考えますから、何から手をつけたらいいか迷うのです。その「着手点(ちゃくしゅてん)」を、森先生は明快に示してくださったんですね。

たとえば「立腰(りつよう)」。椅子に座る際に腰骨を立て、姿勢を正すことを意味するもので、森先生の造語です。姿勢を正すことは健康によく、ことに子どもの人格形成にも影響することが知られており、今では「立腰教育」として多くの現場で取り入れられるようになりました。それを森先生はいち早く、しかも分かりやすく「立腰」と一語に結実された。これは子どもと言わず、現代の若い人たちに、まずお伝えしたいですね。


「天の封書」の開封

――森信三先生は、深くて難しい内容を、とてもわかりやすい言葉にして説かれますね。

森先生は言語感覚に鋭敏で、語られる言葉はいつも新鮮です。「天の封書」という教えも、まさにその一つでしょう。

これは「生かされている」ことにただ目覚めるだけでなく、いかにして自分がこの世に役立ち、自分に与えられた使命を果たせるか。それを知ることを森先生は「天の封書」の開封と言われました。

人は皆、「天の封書」を授けられて生まれてくる。しかし封書だから、自分が開けようとしなければ、読むことはできない。死ぬまでに自分でその封を切って読むことができれば、それはまさに、わが身に与えられた使命を知り、実現する時なのです。私もその「天の封書」を自らの手で開けて、人生が大きく変わった男の一人かもしれませんね(笑)。
 
――春は多くの人が新たなスタートを切る時期でもあります。そうした人たちに言葉をかけるとしたら、どんな言葉がありますか。

「即今着手(そっこんちゃくしゅ)」ですね。

意味は文字通り。思いついたらやる。すぐやる。〈今日はいい話を聞いた。よし、すぐやろう〉。こう思うだけでも、大したものです。とかく物事を先延ばしにすることが多い人には、ぜひこの「即今着手」を、心にとどめおかれたい言葉として贈ります。

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森 信三(1896〜1992)
日本の教育哲学者。国民教育の友として多年に渡り献身し、膨大な著述と全国行脚を通じて「人間の生き方」を懇切、平易に説き、多くの人を感化。「しつけの三原則」「学校職場再建の三大原理」、また主体的人間になるための「立腰教育」などをひろめた。全著作全集は33巻に及び、啓蒙書としての「修身教授録」「幻の講話」は人間の生き方の根幹として今なお読まれる。その実践哲学は、学校や企業での研修教育に採用されている。戸籍上の読みは「のぶぞう」で、「しんぞう」は他人が読みやすいという理由から名乗った通称。


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