急がず、休まず

道を歩いているとき、石につまずいたとします。その反応の仕方はそれぞれです。自分がうかつであったと反省する人、石に腹を立てる人、石をそこに置いた人間を恨む人・・・・・。一つ一つの出来事をどう受け取るかによって、人生は良い意味でも、悪い意味でも大きく変わるといわれます。物事をどのような目線で見ていくことが大事なのか。庭野日鑛・立正佼成会会長による智慧と慈悲のメッセージを贈ります。

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急がず、休まず

求道の態度こそ平和の源

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仏性ということが、仏の御いのちとか、天地のいのち、根源のいのち、また開祖さまからは宇宙の大生命という言葉で表現されています。私たちのいのちと宇宙全体とは別物ではないという捉え方であります。それは、敵対する関係ではなく、みんな仲間であるということでもあります。
国際関係の中でも、他の国とは、敵ではなく、みんな味方だという捉え方をする。怒りや怨(うら)みをなくしていく、そして慈悲の心で交流していくところに、本当の平和が訪れます。そのことを釈尊は私たちに伝えてくださっているわけです。
そうした真理というものを釈尊は受け取られ、悟りを開かれたわけです。人間も皆、真理をキャッチする能力を持っていると言われます。ところが私たちは、釈尊やキリストを特別な人間として崇拝するだけにとどまってしまい、自分たちは凡人ということで、真理をまともに受け取ろうとしなかった。それは釈尊やキリストの考えとは違う方向に来ているということも、教えられているところです。
人間一人ひとりが、優れた能力を保有し、宇宙的な真理、真実を正確に、確実にキャッチできる。その自覚を私たちに求めているのが、釈尊の教えではないかと思います。そのような気持ちになれますと、私たちは、精進の道を一途(いちず)に進むことができ、その態度こそが、本当の意味の平和につながっていくと、受け取らせて頂いております。

『佼成新聞』(佼成出版社)より


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