急がず、休まず

道を歩いているとき、石につまずいたとします。その反応の仕方はそれぞれです。自分がうかつであったと反省する人、石に腹を立てる人、石をそこに置いた人間を恨む人・・・・・。一つ一つの出来事をどう受け取るかによって、人生は良い意味でも、悪い意味でも大きく変わるといわれます。物事をどのような目線で見ていくことが大事なのか。庭野日鑛・立正佼成会会長による智慧と慈悲のメッセージを贈ります。

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急がず、休まず

父母から頂いた大恩

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東洋思想を根底とした独創的な哲学者と申しましょうか、西晋一郎という方がおられまして、その言葉に『父母の恩の有無厚薄を問わない。父母ありということが即恩ありということである』とあります。
父親と母親が、私たちには必ずいます。その恩があったとか、なかったとか、厚かったとか薄かったとかということは問題ではない。父母があるということが即恩ありと、こういう内容であります。
仏さまの教えの一つに、『人の生(しよう)を受くるは難し』とありますように、人間として生まれてくることはめったにないことです。それが頂けたということは、本当に有り難いことであります。
ですから、父母の恩があったとか、なかったとか、厚かったとか薄かったとかということが、たまたまご縁でそのようになったかもしれませんが、とにかく父母がいたからこそ、人間としてこの世に生まれてくることができた。有り難いいのちを頂いてスタートしているわけであります。その意味で、父母ありということが即恩ありということなのです。
開祖さまがおられ、そして私の母親がおられ、今いのちのを頂いている。大恩の中に生かされている。本当にそう思います。盂蘭盆会にあたりまして、そのことがよく分かりましたと報告させて頂きたいと思っております。

『佼成新聞』(佼成出版社)より


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