やくしんInterview

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経典の来た道を歩いて  横松心平さん(作家)

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釈尊の教えを、鳩摩羅什が漢訳した『妙法蓮華経』は、1600年の時を経て現代に受け継がれている。
『佼成』で連載された小説を1冊にまとめた『鳩摩羅什(くまらじゅう) 法華経の来た道』の発刊にあたり、著者の横松心平さんに物語に込めた思いをうかがった。



【プロフィル】
横松心平(よこまつ・しんぺい)

1972年、東京都生まれ。北海道大学大学院農学研究科修士課程修了。農業団体職員を経て、作家に。著書に『ご主人、「立ち会う」なんて、そんな生やさしいものじゃありませんよ。』(柏艪舎)、父・立松和平さんとの共著『振り返れば私が、そして父がいる』(随想舎)ほか


自分はどうにでも変われる

――作家・立松和平さんの執筆でスタートした『佼成』の連載『小説 羅什』。初めの三話を執筆後、立松さんが亡くなられ、息子である横松さんが引き継ぐ形になりました。

小説のタイトルは「羅什」なのに、父が書いた三話には鳩摩羅什は登場しません。主人公は、現代に生きる悩める青年・水野幹夫。幹夫くんは、体が弱く、人生をなかなか前向きに進めない青年です。父はなぜ幹夫くんを主人公にしたのでしょう。どこかで幹夫くんと鳩摩羅什がつながらないといけないのに、私に残されたものは『佼成』に連載された三話だけ。迷い、苦しむ幹夫くんのように、私も悩みました。

幹夫くんをタイムスリップさせるのか、別のストーリーを始めるのか。考えついたのは、現代の幹夫くんの話と、千六百年前に中央アジアを生きた鳩摩羅什の話を並行して進める構成でした。幹夫くんが法華経と出遇うシーンはすでに描かれていたので、幹夫くんが法華経を通じて鳩摩羅什の思いを受けとり、鳩摩羅什の人生と幹夫くんの人生に緩やかなつながりが生まれるような物語を目指そうと思いました。鳩摩羅什が法華経に込めた思いを書き込みつつ、悩める青年が法華経と出遇って、救われ、生きる希望をもって一歩踏み出すような結末にしたいと思ったのです。

そう考えると、父が鳩摩羅什を登場させていなかったことが幸いでした。仏教の素養があった父には、父なりの仏教観があり、父の鳩摩羅什があったでしょう。物語のなかで、すでに鳩摩羅什が動いていたら、その人物像をなぞらなければなりません。鳩摩羅什が出てこなかったことで、私なりの鳩摩羅什を考えることができたわけです。

私は仏教を学んできたわけではありませんから、高僧といわれた鳩摩羅什にはなれない。けれども、悩める幹夫くんにはなれる。主人公と共に、鳩摩羅什を追いかけながら、法華経を学んで、人生の支えにしていくことができるのだと思いました。

いっぽうで、鳩摩羅什も、最初から高僧だったわけではありません。修行して、仏教を学び深めていきます。その歩みは、幹夫くんと重なる部分があり、そして、これから鳩摩羅什について勉強を始める私とも重なります。
『小説 羅什』は、幹夫くんと鳩摩羅什、そして私が、一緒に法華経の勉強をし、共に歩いていく物語ともいえるのです。


――法華経を介して、幹夫と鳩摩羅什の人生、そして横松さんの思いが重なり合う作品なのですね。法華経のなかで、特に印象深い教えはありますか?

父が急逝して、人の死というものをどう考えたらいいのかと受けとめきれずにいたので、仏の教えを受け入れやすい素地ができていたのかもしれません。作中では、幹夫くんのお母さんが亡くなってしまいます。小説を書きながら、現実の世界では、父の死を私が受けとめることにほかなりませんでした。法華経を介した物語を書くことで、自分自身も支えられていたのです。

最初は、法華経が何を伝えているのか、分かりませんでしたが、勉強していくなかで〝誰でも仏になれる〟ということが、強いメッセージなのだと感じました。そして、庭野日敬先生の著作を元に、小説に書きましたが、「この世のあらゆるものは、原因と条件によって成り立っている。ということは、原因や条件が変われば、ものごとは変化するのです。つまり、因と縁によって、自分というものもまた、どうにでも変わるし、どうにでも変えることができる」という部分が、特に心に響きました。元が変化すれば、あらゆるものが変化する、諸行無常。自分もどうにでも変われる。論理的で、すっきりと腑に落ちました。

法華経は論理的な教えですが、その成り立ちは、釈尊が悩んで、苦しんで、たどり着いたものです。その教えを波乱万丈な人生を歩んだ鳩摩羅什が、人びとの救済のために伝えていこうと釈尊からバトンを受けとって漢訳し、日本に伝えられ、和訳されていった……。法華経は、その時代を生きた人びとが魂を注ぎ込んで、現代まで受け継がれてきた、血の通った教えなのですね。

だから、現代に生きる悩める青年の幹夫くんにとっても、法華経を自分の人生の支えにすることができた。そして、私も幹夫くんと一緒に、法華経を支えに成長していたのだと思うのです。連載は終わりましたが、まだ仏教の勉強は続いています。今後、自分が生きていくうえでも、法華経に出遇えてよかったと思っています。


父の願い、息子の思い


――執筆活動を始めるにあたって、立松さんからアドバイスはありましたか?
 サラリーマンを辞めて文筆の道に進もうとしたとき、父に反対されました。文筆業で食べていくことの大変さを、よく分かっていたからです。

とはいえ、勤めを辞める前から、私が書いた物語を読み、作家として批評してくれるなど、書くために必要なことは伝えてくれていたのです。でも、「立松さんの息子さん」とみられるのが嫌で、「書くならノンフィクション。小説だけは書くまい」と思っていたのです。

ところが、この連載のお話をいただいて書き始めたら、小説を書くことが楽しくなりました。
 
――横松さんはご自身の意志で『小説 羅什』を書き継ぐことを決意されたそうですね。

「続きを書いていただけませんか」と編集部から打診され、引き受けたと思っていたのですが、私の方から「書かせてください」とお願いしたようです。父が亡くなった直後だったので、記憶が混乱していたのですね。

父の追悼の意味も込めて、父が完成できなかった課題を成就させよう――。そんな気持ちで執筆を開始しましたが、やがてその意味は薄れ、〈自分はいかに鳩摩羅什をつくりあげていくのか〉というように、父から引き継いだテーマが、自分のテーマになっていきました。父は意図せずして、私を小説家の道へと、仏の教えに出遇うようにと、導いてくれたのかもしれません。

鳩摩羅什が、法華経というバトンを釈尊から受けとって次代につなげたように、私も、父から小説のバトンを受けとったようです。今後は、小説とは違った形で鳩摩羅什を描いた本を執筆したいですね。

『やくしん』2017年2月号 (佼成出版社)


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