いのちを尊ぶ社会をめざしてIV

2025年、日本は国民の4人に1人が75歳以上という超高齢社会を迎えるといわれています。介護職の担い手不足、老老介護、介護離職などの問題が顕在化するなか、”介護”の現状を各分野の専門家から学び、だれもが尊厳をもって生きられる社会の実現に向けた提言をいただきます。

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いのちを尊ぶ社会をめざしてIV

今から始める介護への備え! 結城康博(社会福祉学者)

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早いもので、私の連載も最終回となりました。介護現場では日々、多くの問題が生じています。社会制度全体が変革しない限り、根本的な解決にはいたらないのが現状です。その一方、環境や条件は限られていますが、私たち一人ひとりが介護に対して備えていくことが重要です。

昨年末に静岡県の介護施設で、女性職員が80歳の男性入所者に刃物で切り付けられ、重傷を負う事件が起きました。この男性入所者は、女性職員のほか2人の入所者にもけがをさせてしまったのです。とかく、介護士など職員による高齢者への虐待事例は報道されるものの、高齢者が職員に危害を与えてしまうという案件は問題視されにくい傾向にあります。

認知症を患(わずら)っているために、一般的な常識を逸脱(いつだつ)した問題行動を起こしてしまうというのであれば、介護士たちもそうした行動に対して一定の理解はできます。また、認知症患者が問題を起こしてしまう前に、何らかの対処も可能です。

しかし、単に身体機能が低下した「要介護1」「要介護2」といったケースで、高齢者や家族があいさつをしない、細かいことで文句を言う、掃除や洗濯などの粗(あら)を探して批判するといった振る舞いとは事情が異なります。介護をする側の気配りも当然大事なのですが、やはり、こうした文句や批判が介護分野での「離職」を助長させる要因にもなっているのは確かです。

いわば「介護」とは、介護士と利用者との信頼関係によって成り立つもの。介護士も人間であるため、いくら専門職とはいえ苦手な利用者はいるでしょう。特に、社会的なマナーに欠ける利用者や家族に対して、職務上の義務は果たすものの、それ以上のケアにまでいたらないかもしれません。

しかし、愛想が良い高齢者、いつも感謝してくれる家族などではどうでしょうか。日々の介護のなかで、自然と「情」が生まれ、職務以上のかかわりが持てるでしょう。

また、要介護の状態になってから家族と相談するのは、時間的にも意思疎通の面からも困難ですから、元気なうちに介護のあり方や願いなどについて、話し合っておくことも大切です。「70歳を過ぎたら介護保険の手続き、認知症について勉強しよう」などと、介護について学び合うことで、おのずと「介護」に関する知識が身についていきます。「まだ若いから」「きっと自分は大丈夫」という過信から、介護を他人事のように考えていると、まさかの事態に直面したときに慌(あわ)ててしまうのです。

いざ介護が必要になったときに、頼りになる人や行政機関を事前に把握しておくとスムーズに対応できます。例えば、「介護予防教室」に通うことによって、地域包括支援センターの専門職員と関係を築くことができ、突然、介護が必要になってもすぐに相談できます。

介護保険サービスを利用している高齢者が身近にいる場合、そのサービスの範囲や実情を聞いておくことは大きなメリットがあります。介護サービスの善(よ)し悪(あ)しは、利用している高齢者たちが熟知しているので、「口コミ」の情報を得ることができるのです。

さらに、介護が必要になると、「かかりつけ医」がいるか否かで介護保険サービスの利用形態も違ってくるというのはご存じでしょうか。要介護認定の申請は、必ず「かかりつけ医」が必要となり、普段からかかわりの深い医師がいると、介護が必要となってもスムーズに手続きを運べるわけです。

日常的な経済活動では、売り手と買い手において「ホスピタリティ(もてなし)」といった関係性が重視されます。客人の感謝の気持ちが売り手に伝わることで、両者の間に「相互満足度」が成立するのと同じことが、介護サービスでも言えるのです。繰(く)り返しになりますが、やはり大事なのは、相手への気配りなのです。



【プロフィル】
結城康博 (ゆうき やすひろ) 
1969年、栃木県生まれ。淑徳大学総合福祉学部教授。社会福祉士、介護福祉士、ケアマネジャー。地域包括支援センター及び民間介護支援事業所勤務経験をもつ。専門は社会保障論、社会福祉学。著書に『在宅介護─「自分で選ぶ」視点から』(岩波新書)など。


『佼成』2017年6月号 佼成出版社


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