いのちを尊ぶ社会をめざしてIV

2025年、日本は国民の4人に1人が75歳以上という超高齢社会を迎えるといわれています。介護職の担い手不足、老老介護、介護離職などの問題が顕在化するなか、”介護”の現状を各分野の専門家から学び、だれもが尊厳をもって生きられる社会の実現に向けた提言をいただきます。

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いのちを尊ぶ社会をめざしてIV

いま、在宅介護で起きていること 結城康博(社会福祉学者)

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昨年の3月1日、鉄道事故での損害賠償を争う訴訟で、最高裁は認知症の高齢者を在宅介護していた家族に監督義務責任はないとして、鉄道会社が訴えた損害賠償請求を棄却しました。これは2007年に愛知県で認知症を患(わずら)う高齢者が線路に立ち入り、列車にはねられて亡くなった事故に伴って生じた「振り替え輸送」などの弁償費用を鉄道会社が家族に求めた裁判でした。一審、二審の判決は家族側に損害賠償の責任があるとの判決でしたが、最高裁では覆(くつがえ)り、認知症の高齢者を介護する多くの家族にとって、「とりあえず安心」というものでした。

2025年には認知症の高齢者が700万人を超えるとされています。この見通しから、今後、責任能力のない認知症の高齢者が「加害者」になってしまうケースも考えられるでしょう。実際にこうした鉄道事故により、認知症の高齢者が亡くなる事例は、2014年度に22件発生しています。

それでは前述した鉄道事故などで、介護をしている家族側に監督義務責任が生じた場合、どうなるのでしょうか。「目を離した間に、誰かに損害を与えてしまうのでは?」と家族には不安が募(つの)り、鍵をかけるなどして高齢者を部屋に閉じ込めてしまうといった、非人道的な介護に陥(おちい)ってしまうかもしれません。

逆の立場で見てみると、被害者側も複雑な立場に置かれているのが現状です。責任能力がない認知症の高齢者による行為とはいえ、被害を受けたことに変わりはなく、誰も補償してくれなければ「泣き寝入り」という結果になってしまいます。

大企業であればさほど大きな痛手にまで発展しないかもしれませんが、個人の場合には深刻な影響を及ぼす可能性があることも理解する必要があります。こうした徘徊(はいかい)による事故を未然に防ぐためにも、認知症の高齢者を地域社会全体でケアする姿勢が今後はいっそう求められます。



介護サービスには、介護保険内の「原則一割負担の介護サービス」と、介護保険外である「全額負担の介護サービス」があります。この両方を受けることを「混合介護」といいます。現在、介護保険制度では「混合介護」を利用者に勧める施策が打ち出されています。介護市場は、保険料のほか税金が主な財源となっているため、現在の国の財政状況を考えると、介護サービスの充実には限界があります。そのため、一定の経済力を有する要介護者が、保険内サービスに上乗せした形で保険外サービスを自費で活用できれば、在宅で介護する側の負担が軽減され、医療や介護の「市場」も拡大するというものです。

しかし、筆者は介護現場の職務経験から、「混合介護」といった保険外サービス活用の規制は緩めるべきではないと考えています。なぜなら、「新たな保険給付費」を生み出してしまうからです。

介護保険サービスを利用して週2回ヘルパーを利用している家庭を例に考えてみたいと思います。原則として現在の介護保険サービスでは、要介護者の食事をヘルパーが用意することは認められていますが、仕事で夜遅く帰ってくる同居家族の食事分までは認められていません。

仮に規制が緩和された場合、ヘルパーが家族の分まで食事を用意できるようになり、その利便性から経済的にゆとりのある家庭では、ヘルパーの利用を週4回に増やしてしまう可能性があるのです。一見すると優れた制度のようで、実はそうではない側面があることを強調しておきたいと思います。あくまでも保険外のサービスは自費負担であることに変わりませんが、それまで週に2回だったヘルパーが4回になるということは、その増えた2回分も保険内サービスとなり、その分の保険給付費も増えてしまうということです。

今後、認知症の高齢者が増加するといわれるなか、規制緩和によって「供給が新たな需要を生み出す」ことが懸念されます。金銭的に余裕のある人にとって、この規制緩和は歓迎されるのでしょうが、余裕のない人はこうした制度を利用できません。税金から充(あ)てられる保険給付費の分配、またサービスの享受(きょうじゅ)といった面で介護の不均衡が生じる恐れがあるのです。「混合介護」の促進には、慎重な議論が必要なのではないでしょうか。

【プロフィル】
結城康博 (ゆうき やすひろ) 
1969年、栃木県生まれ。淑徳大学総合福祉学部教授。社会福祉士、介護福祉士、ケアマネジャー。地域包括支援センター及び民間介護支援事業所勤務経験をもつ。専門は社会保障論、社会福祉学。著書に『在宅介護─「自分で選ぶ」視点から』(岩波新書)など。

『佼成』2017年5月号 佼成出版社


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