いのちを尊ぶ社会をめざしてIII

日本は物質的に豊かな経済大国といわれます。しかし、経済格差が広がり、貧しい生活をおくる人の割合が年々ふえているのも事実です。では、現代の貧困の実態とは――。貧困問題にかかわる専門家から現状を学び、だれもが尊厳をもって生きられる社会に向けての提言をいただきます。

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いのちを尊ぶ社会をめざしてIII

支援から支縁へ 川浪 剛(僧侶)

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これまでの連載は、大阪のローカルな話題が多かったので、いまひとつリアリティーを感じられなかった方もいらっしゃるのではないかと思います。けれども、非正規雇用労働者の増加、薄葬化、あるいは大型チェーン店での消費行動、SNSなどに見られる匿名でのコミュニケーションといった現状は、日本社会が釜ヶ崎(あいりん地区)に限りなく近づき、さらに追い越し始めたかのようにも見えます。

読者の方のなかには、育児や親の介護、またその他の問題で悪戦苦闘されていて、貧困問題にかかわっている時間はないといわれる方もいるかと思います。元労働者の側は大部分が独り身で、子育てや介護の問題からは免責されています。

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』という作品のなかには、溺れた級友のために川に飛び込み、自分の命を投げ出す崇高な人間、カムパネルラという人物が描かれています。一方で、家庭の諸事情から思いはあっても行動に移せない悩み多きジョバンニが主人公です。私たちは多かれ少なかれだれもがジョバンニ的なのではないでしょうか。

これまで、日雇い労働者たちはメディアや風評によって、怠け者、危険なひとびとといったレッテルを貼られてきました。さらに、彼らはただ運命に翻弄されてきた、気の毒で憐れむべき、不幸な存在というイメージを植えつけられてきたように思います。けれど、私が建設現場で見た彼らの熟練した仕事ぶりは、自分で生きることを選び、その道を切り開いた証しそのものだと感じます。

貧困状態にあることは、それ自体の困難さもありますが、他人から受けるネガティブな「まなざし」を深く内面化してしまい、他人とは異なった自分の存在を恥じる意識が生じます。これこそが、彼らをより耐え難い気分にさせます。

社会の構造から、ある職業のひとたちは階層を形成します。だからこそ私たちは、他人のさまざまなライフスタイルに寛容であることが大切です。批判すべきは、ひとりひとりの倫理や美学が問われるような発言や態度、振る舞いを行なうことだと私は思います。

さて、私には福祉に携わっているユニークな知人がいます。このひとはコンビニエンスストアに勤めていたとき、廃棄弁当をもらいにくるホームレスと初めて出会いました。そして「あの独特の香りに惹きつけられた自分は、臭いフェチだ」と、福祉の道へと転じた動機を語るのです。

さらに、そのなかでもとりわけ、累犯者や障碍者に興味がわき、そこに関連した分野の生活相談員になりました。こうした経緯をみると、社会正義の実現や、罪責感といった理由からではなく、人間に対する飽くなき「好奇心」を出発点としている相談員さんといっていいかもしれません。

菩薩が行ないをなすときは、まるで遊びのように振る舞うと仏典には書かれています。一方的に助けるといったニュアンスの強い「支援」という付き合い方以外に、お互いに一人の人間として、ご縁を支えつなぎあう、「支縁」という双方向の交わりが考えられてもいいでしょう。

たとえば外国旅行へ行ったら、いかに自分たちの文化、価値だけが絶対ではないかがよくわかるし、自分の固定観念が覆されます。気づくことや教えられることのほうが実際は多いでしょう。じつは遊びが、そのまま学びなのですね。

最後に、前々回でふれた、死を目前にした患者さんが何を後悔するのかというテーマについてあらためて考えてみたいと思います。一生のあいだ、脇目も振らず自分のやりたいことをやるべきなのか、あるいは他人に配慮して生きるべきなのか─私は、そのどちらを取るかと考えなくてもいいと思います。メビウスの輪の、おもて面がいつのまにかうら面になるように、他人のことを考えていたら自分の問題に行き着き、それは決して私一人の問題ではないと気づく。そして違って見えるものもじつは根っこでつながっていた。そうしたことも実際にはあるのです。

さて、貧困問題を通じて人間の尊厳を考えてきましたが、長いあいだお付き合いいただきましてありがとうございました。またどこかで、お目にかかれるその日まで。

了。


プロフィル 川浪 剛(かわなみ たけし)
1961年、長崎県生まれ。真宗大谷派南溟寺僧侶。2004年、公園シェルターの職員として野宿生活者問題に深くかかわる。現在は、フードバンクを切り口に生活困窮者の生きがい、看取り、葬送、墓の問題にとりくむ。著書に『貧魂社会ニッポンへ』(共著、アットワークス)など。


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