いのちを尊ぶ社会をめざしてIII

日本は物質的に豊かな経済大国といわれます。しかし、経済格差が広がり、貧しい生活をおくる人の割合が年々ふえているのも事実です。では、現代の貧困の実態とは――。貧困問題にかかわる専門家から現状を学び、だれもが尊厳をもって生きられる社会に向けての提言をいただきます。

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いのちを尊ぶ社会をめざしてIII

生まれ来る苦 川浪 剛(僧侶)

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「世界で最も裕福な六十二人が保有する資産は、世界人口の下位半数(三十六億人)がもつ総資産に匹敵する」。そうした報告書が今年一月、貧困撲滅に取り組む国際NGO「オックスファム」から発表されました。また、「パナマ文書」が公開されて、多くの資産家たちが租税回避地を利用した課税逃れをしていることが暴露されました。

折しも、アメリカ大統領選挙のために行なわれた民主党の予備選挙では、格差社会の是正を掲げたサンダース氏が敗れました。一方、共和党内では重鎮たちの不支持が相次ぐなか、話題性のある不動産王トランプ氏が候補として選ばれています。

問題発言を連発しながら、既存の政治家が避けてきたタブーに切り込む姿をメディアが大きく取り上げた結果、現状に不満を持つ層への支持が広がっているそうです。

国内では数年前、あるお笑い芸人の家族が生活保護を受給しているということが問題視され、報道やネット上の掲示板などで激しくバッシングされたのは記憶に新しいところです。

生活状況が厳しく不安定なひと、あるいは公務員の方々は、「自分たちが汗水垂らして働いた税金でラクして暮らしている」といって非難される傾向が見られます。一方、富裕層に対して「儲けているならばそれを貯め込まず、税としてそれ相応の負担をするべきだ」というような論調は目立たないようにも思います。ともかく、異なった条件のもとで暮らすひとびとのだれもが、最低限の文化的な生活ができるよう、富を再分配する装置が社会保障制度です。

ところで今春、私の十年来の知人である元日雇い労働者が、高校入学を果たしました。六十五歳の彼が通っているのは、私の母校でもある大阪府立通信制高校の普通科です。「最も不得手」としていた英語の期末試験で及第点を取れたことを、彼は嬉しそうに語っていました。じつは、貧困の連鎖を防ぐために、中学生などに学習支援をするグループも釜ヶ崎(あいりん地区)にはあるのですが、そこで教えている人を頼らず、独力でコツコツ勉強を積み上げた成果のようです。

十数年前、大阪ミナミのとあるバーで、客とママさんとの会話が耳に入ってきました。二人はしばらくのあいだ株の話をしていたのですが、話題はなぜか釜ヶ崎に……。

「おれは時々、息子が勉強しなくなったときに釜ヶ崎に連れていくんだ。いいか、よく見ておけ、勉強しなかったらお前もこうなるんだぞ、って」

突然のストレートな発言に思わず唖然としたのですが、こうした親の教育や価値観が子どもに伝わり、家庭や学校でしんどい状況が続くと、以前お話しした、ホームレスのテントに投石するような中学生を生むのではないかと思います。

前述の知人は中学を卒業してから自衛隊に入隊し、その後、建設労働に携わっていました。それは、彼の怠慢さゆえではなく、進学したい気持ちがありながらも家庭の経済状況を考慮し、また「泣き言をいわないのが男」といった昔かたぎの道徳心のもとで生きてきた結果といえましょう。長らく教育関連の情報にうまくアクセスできていなかったようですが、今は因も縁もそろって機が熟し、高校へ通学できるようになったといいます。

さて仏教でいうところの「苦」は、パーリ語で「ドゥッカ」。思い通りにならないものを思い通りにしようとして苦しむことを指します。

真宗大谷派で仏教を学んだ私は、これらを「宿業の自覚」という言葉で教えられてきましたが、初めて聞いた二十代の頃は、人間には自由がないといったネガティブな響きを感じていました。しかし、政治的解決とは別次元の問題としての「老病死」と同じく、生まれたという現実を私たちが今さら無かったことにはできません。

英語では、生まれることをI was born.という受け身の形で表現されます。自分に与えられた業(カルマ)から目をそむけず、この受動的な「生」を、いかにして能動的な「生」に書き換えていくのか。助けるのは仏の願いであり仕事ですが、助かるのは衆生の仕事であり、人生に出された宿題を最終的に解くのは「私」以外にないのです。そして、このことのなかにこそ、私たちの「自由」があるのだと、私は今、強く感じています。


プロフィル 川浪 剛(かわなみ たけし)
1961年、長崎県生まれ。真宗大谷派南溟寺僧侶。2004年、公園シェルターの職員として野宿生活者問題に深くかかわる。現在は、フードバンクを切り口に生活困窮者の生きがい、看取り、葬送、墓の問題にとりくむ。著書に『貧魂社会ニッポンへ』(共著、アットワークス)など。


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