露の団姫の「毎日が仏教ですねん」

上方落語の高座をはじめ、テレビ・ラジオなど多方面で活躍中の露の団姫(つゆの・まるこ)さん。プロの噺家、天台宗僧侶、そして一児の母という三つの生き方を自在に歩んでいます。「法華経は、わが人生の道しるべ」――日々の暮らしの出来事を教えに照らし合わせることで、仏教が身近なものに感じられるコミカル・エッセイ。

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露の団姫の「毎日が仏教ですねん」

法華経は秘密のスパイスですねん 露の団姫(つゆのまるこ)(落語家・僧侶)

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「やってもた!」│先日、朝一番から夫と顔を見合わせ、思わず声を上げてしまいました。子どもが生まれてから食生活には気をつけていましたが、この日は息子が祖父母の家にお泊まり。そのため、気が緩んだのか、ご飯を炊き忘れてしまったのです。それで何が困るかというと……仏さまに捧げるご飯、「仏飯」です。

私「ご飯、炊き忘れてしもたね。どないしよ?」

夫「ホンマですね。仏さまのご飯が……」

私「ご飯がないからパンというわけにもいかないし……」

キリスト教徒の夫が答えます。

夫「こうなったら、パンでもええんちゃいます?」

私「いや、そりゃ、“イエスさま”ならパンのイメージやけど、やっぱり仏さまはご飯ちゃう?」

夫「でも、仏さまもパンが食べたい時があるかもしれませんよ。ミートスパゲティとか」

私「なんで仏さまがミートスパゲティ食べるねん!」

こんなアホなことを言いながら、その日は仏さまにパンを捧げました。

後日、お坊さん仲間で集まった時、先輩僧侶にこの話をしたところ、「仏さまは、あらゆるとらわれから離れているお方。私たちのように食に対するこだわりや、好き嫌いはないだろうから、いいと思うよ」と優しい言葉をかけてくださいました。

「仏教」と「食べ物」は、昔から切っても切れない関係ですが、私自身、「食ベ物」に関する大きな悩みがありました。それは、落語家の修行が明けてから、約三年間出演させていただいた朝の情報番組でのことです。当時はまだ出家前だったので、肉も魚も日常的に食していました。健康的なイメージも功を奏したのか、「食べる」ロケ、つまりグルメリポートのお仕事をいただくことが非常に多かったのです。

ところが、実は私、昔から友だちもビックリするほどの味オンチ。たいがい何を食べても「美味しいやん」と感じる、食べ物に対してなんのこだわりもない「非グルメ芸人」だったのです。

しかし、グルメリポートは「美味しい!」だけではNGです。例えば、「○○と○○の味が絡み合って、絶妙のバランスですね~♪」などと、食べ物の味を嫌というほど細かく分析し、その美味しさを伝えなければいけません。そのため、「芸人のくせしてグルメじゃないなんて……私、本当にダメだな」と大変悩んでいたのでした。

そんな私に「OK」サインを出してくれたのも、やはり法華経でした。

ある時、「法華経を広める人が受ける六根清浄の功徳」を知って、とても気持ちが救われたのです。法華経には「教えを広める人は何を食べても美味しいと感じられる」と、「舌根」の功徳が説かれています。そういえば、私が「何を食べても美味しいな」と感じるようになったのは、法華経に出遇った高校生の頃からでした。法華経のおかげで世界が明るくなり、毎日が輝いているから、どんな食べ物も美味しく感じるようになったのだと思います。

「法華経に生きる者として、何を食べても美味しいと感じるなんて、最高の味覚ではないか!」。そう思った時、グルメでないことの悩みは吹っ飛びました。それからは、無理に背伸びして理屈っぽいコメントをするのではなく、正直に、笑顔で「美味しい!」と表現するようにしました。「できる範囲で、最大限の努力をしなさい」と法華経は教えてくれているのです。

ご飯は有り難いものですが、私は三度のご飯よりも法華経が大好きです。どんな料理も美味しくする秘密のスパイス「法華経」。それは食べ物ばかりではなく、私たちの人生もフルコースに仕立ててくれることでしょう。 


〈つづく〉



プロフィル 露の団姫(つゆのまるこ)
1986年生まれ。上方落語協会所属。高校卒業後、噺家になるため露の団四郎に入門。大師匠である二代目露の五郎兵衛宅で内弟子修行を積む。落語の高座、テレビ、イベント出演多数。2011年に比叡山延暦寺で出家し、天台宗の僧侶となる。プロの噺家として、尼さんとして、多方面で活動中。一児の母でもある。著書に『露の団姫の仏教いろは寄席』(佼成出版社)、『法華経が好き!』(春秋社)ほか。
露の団姫 公式ホームページ http://www.tuyunomaruko.com/

『やくしん』2016年11月号(佼成出版社


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