いのちの響き

世の中には、いのちを支える仕事に就いている人がたくさんいます。また、限りある自分のいのちと向き合うなかで、輝きのある人生を歩み始めた人もいます。日々 、どういのちと対峙しているのか。その思いを聞きました。

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いのちの響き

本田流〝脱仕事人間”のススメ 本田亮さん(「サラリーマン転覆隊」隊長)

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毎日が残業、休暇もとれず、上司と部下との板挟み、そして、妻には頭が上がらない。こんな悩みを抱える中高年サラリーマンは少なくない。ワーク&ライフバランスが叫ばれるいま、週末のひとときを命がけで楽しむ本田さんの生き方が面白い。


本田亮(ほんだ・りょう)
一九五三年、東京都生まれ。日大芸術学部卒業。電通にCMプランナーとして入社し、以後、「ピッカピカの1年生」(小学館)から「こだまでしょうか?」(AC)に至るまで、数多くのヒットCMを企画制作する。国連WFP協会理事も務める。また、カヌーイストとして世界中を旅し、アウトドア雑誌に多くのエッセイを掲載。環境マンガ家、エッセイスト。


──「サラリーマン転覆隊」とは。

二十七年前、サラリーマンを中心に結成した、日本一過激で、下手なカヌーチームのことです。メンバーは十数人。全員がアウトドアに縁もゆかりもない、ど素人の集団です。週末には、仕事のことは一切忘れ、川下りや沢登り、登山やクライミング、キャンプなどを心ゆくまで楽しんでいます。

スローガンは、「命の保証はない。感動の保証はある。」というもの。とはいっても、僕らはちゃんとヘルメットをかぶっているし、救命胴衣も着けているから、そう簡単には死にません。でも、急流を下っているとき、カヌーが真っ二つに折れて、死にかけたことはあります。

初心者を最初に川へ連れて行くと、「隊長、漕ぎ方を教えてください」と言われるので、「そんなことはいいから、とりあえず行こう!」とカヌーを押し出します。しばらくすると決まって転覆するんですね。でも、起き上がったときの表情が実にすがすがしい。大体そういう人が一回来ると、顔つきがみるみるうちに変わっていきます。それまでは冴えないサラリーマンだったのが、やけに精悍な男へと大変身するから不思議です。

数年前からは、川下りやキャンプでは飽き足らず、〝ママチャリ”で「お遍路めぐり」をしたり、奥の細道をめぐる旅をしたりしています。そのときの掟は必ず野宿すること。メンバーの中には、すぐに根を上げて「わざわざ航空運賃までかけてやって来ているのに、なぜ野宿しなきゃいけないんですか」と訴える人もいます。人間、年とともに、楽をしたがるんですよね。でも、楽をしたら、きっと旅は面白くないし、人生も面白くないだろうということで、あえてちょっとバカをやってみるんです。打ち上げのときに、話題にのぼるのは野宿した話ばかり。やっぱり旅の醍醐味は、困難をいかに楽しむかに尽きます。


「ママチャリ奥の細道の旅」に挑む転覆隊のメンバー。表情も明るい


──そのバイタリティは、どこから生まれてくるのですか。

よく「週末に体を休めなくて平気ですか?」と尋ねられることがあります。でも、僕の場合、家でじっとしているほうがよほどつらい。平日は人の何倍も仕事に打ち込んで、週末には死にもの狂いで遊ぶといったライフスタイルを貫くほうが性に合っています。

以前、電通で働いていた頃には、毎月の残業時間が百時間を超えていて、毎晩終電ギリギリまで仕事をしていました。でも、いつの頃からか、どこかでオンとオフを切り替えないと、自分自身、精神的なバランスが保てなくなると思うようになったんです。

よく週末に、もうじゅうぶんに寝て、すでに眠くはないのに、ついベッドの中に居続けてしまうということはないでしょうか。あれはけっこうダメージが大きいと思うんです。というのも、布団の中でぼんやりしているようでも、頭の中では仕事のことなど、あれこれと空想しているんですね。そうすると、せっかくの休日なのに、かえって精神的に疲弊してしまう。日曜日の夜、テレビアニメの『サザエさん』が終わったあたりから、〈明日、会社かぁ……〉とぼんやり考えていると、途端に憂うつな気分になるような、あの感じです。

それに、いつも仕事にばかり追われていると、視野も狭くなりがちです。趣味や家族との時間を犠牲にした人生は決して魅力的とはいえません。事実、誰もがうらやむような役職につきながら、退職後に焦燥感や孤独感に苦しみ人生を見失う人を、僕は何人も見てきました。ワーク&ライフバランスが叫ばれるいま、「生きるとは何か」という人生観をいま一度見つめ直す必要があるのかもしれません。

私が広告の仕事に就いていた頃に見たある雑誌のアンケートで、「早死にしそうな仕事ランキング」のトップが広告代理店の営業マンでした。このままいくと、思う存分仕事はできるかもしれないけど、体は壊すだろうし、きっと家族の気持ちだって離れていくのではないか。真剣にそう悩みました。そこで僕は、普通の人とはあえて逆のことをやってみようと思ったんです。平日は一所懸命仕事をして、週末には家族とキャンプや山登りなど、アウトドアをして過ごすというものです。

そのうち、「え、また、行くの!?」と妻にあきれられるほど、頻繁にキャンプの計画を立てるものですから、いつの頃からか、「あなた一人で行ってらっしゃい!」と言われるようになり、友人らと山登りに出かけているうちに、転覆隊を発足させたのです。



──その後、転覆隊の活動は大きく広がっていったのですね。

当初、メンバーは三人でしたが、一人、また一人と増えて、気づくと十数人になっていました。私は、毎回、隊長として転覆バトルという報告書を書いていたんですね。あるとき、これが出版社の目にとまり、単行本が発刊されたんです。すると、この本を読んだ作家の椎名誠さんがカヌーイストの野田知佑さんに本を紹介してくださり、それが縁でアウトドア雑誌にエッセイを連載するようになりました。そして、私たちの活動をモデルとした、BSテレビのドキュメンタリー番組も始まり、転覆隊の活動が広く知れ渡るようになったのです。

いま多くのサラリーマンは、疲れ果てています。プライベートでもなんの楽しみもなく、仕事が唯一の趣味になっている人も少なくありません。でも、こんな人生は実にもったいない。

私は、人生って雪原を歩いているようなものだと思っています。雪原を歩いていると、クレバス(割れ目)が隠れていて、そこに落ちて死んでしまうことだってあります。そのクレバスは病気だったり、交通事故だったり、寿命だったりします。でも、自分がクレバスに落ちた瞬間に、〈俺が足跡つけてきたこの人生は最高だった。なんの悔いもない〉と思えるような生き方をしたいじゃないですか。それには、どんなに小さなことだっていい、日々新たな経験を積み重ねることが大事になってくると思います。そうして刻まれた年輪は、その人の魅力となって人生を輝かせるのです。

『やくしん』2016年3月号 (佼成出版社


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