急がず、休まず

道を歩いているとき、石につまずいたとします。その反応の仕方はそれぞれです。自分がうかつであったと反省する人、石に腹を立てる人、石をそこに置いた人間を恨む人・・・・・。一つ一つの出来事をどう受け取るかによって、人生は良い意味でも、悪い意味でも大きく変わるといわれます。物事をどのような目線で見ていくことが大事なのか。庭野日鑛・立正佼成会会長による智慧と慈悲のメッセージを贈ります。

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急がず、休まず

全ては『結び』で変化する

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ある化学者の話によりますと、葉緑素とコーヒーを合わせると、乗算、掛け算的に効いてくるのだそうです。そして、コーヒーの害がないということであります。さらに、コーヒーを牛乳に入れると、足し算、加算的になって効くということです。葉緑素の場合は、掛け算ですから、効果が大きいわけです。
ところが、両方相殺して零になってしまう、どうかするとマイナスになってしまうことも起こってくるそうです。ですから、いかに合わせるかということが大切であるということであります。
人間も同様でありまして、ある人間とある人間が集まるとプラスになる、足し算、加算的になっていくことは、皆さま方の教会においてもそうだと思います。あるいは、これが掛け算的になって、非常に物事がうまくいく場合もあります。足し算的にうまくいく場合と、もっと掛け算のようにうまくいく時があるということです。
ところが逆に、ある人間とある人間が会うと、両方相殺されて零になることもあります。零になるどころか、マイナスになってしまうことすらあるということです。
物質も人間の世界においても、同じようなことが言えるわけですから、物事をどのように結んでいくかということが、とても大切であることが分かります。
このように、あるものとあるものとが合うことを「縁」と言います。この「縁」からいろいろな作用が起こることを「縁起」と言います。縁起がいいとか、悪いとか言いますが、それはいかに結んだかということです。人と人とが関係を持つ上でも、先ほどのコーヒーのように、私たちが、結びというものを上手にしていくことによって、足し算的、掛け算的になり、物事がうまく進みます。そうしたことを、「縁起」という仏さまの教えを通して、改めて分からせて頂くわけであります。
釈尊は、「縁起」の法を悟られた時に、次のような言葉を述べられたと言われております。「それ縁起を見るものは法を見る。法を見るものは我を見る」と。我、つまり仏を見るのです。この「縁起」は、とても大切な仏さまの教えの一つでございます。

『佼成新聞』(佼成出版社)より


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