生きる力の源泉

生きるために必要な力とはなんでしょうか。その力はどこからわいてくるのでしょうか。 このコーナーでは、算命学カウンセラーの中森じゅあんさんがコーディネーター役になり、各界で活躍されている方々をゲストに迎えて、私たちが「本来的に生きる意味」を再確認し、「どう生きるか」をあらためて考えていきます。

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生きる力の源泉

中森じゅあん×信樂香仁 対談【後編】 生かされていると感じて生きる

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第9回は、京都市北部の心休まる自然にあふれた信仰の山・鞍馬山にある鞍馬寺の貫主で、大いなる命を生かすあり方を説き続けられる信樂香仁さんがゲストです。

プロフィル
信樂香仁(しがらき・こうにん)
1924年、京都府生まれ。鞍馬弘教管長・総本山鞍馬寺貫主。京都府立第二高等女学校卒業。1944年、鞍馬山に入山、奉仕。1949年、鞍馬寺において得度。1950年、鞍馬山にて加行。鞍馬弘教宗務総長・鞍馬寺執行を経て、1974年から現職。先代信樂香雲貫主に短歌を師事、歌人としても活躍。鞍馬山の自然を数多く詠んでいる。著書に『天狗の山くらまだより』(大東出版社)、『山のこころ山のことば』(鞍馬寺出版部)ほか。共著に『古寺巡礼京都14・鞍馬寺』(淡交社)がある。

中森じゅあん(なかもり・じゅあん)
日本算命学協会代表。バイオシンセシス・ボディサイコ・セラピスト。「灯(とう)の会(え)」主宰。ワークショップ、セミナー、個人セッション、講演、エッセイやメッセージの執筆など、多岐にわたる分野で活躍。幅広い女性層から支持を得ている。著書に『中森じゅあんの算命学入門』(三笠書房)、イギリス、アメリカ、中国でも翻訳された『天使のメッセージ』シリーズ(大和出版)は世界で愛読されている。『天使の愛』(中公文庫)など多数。


自分を生かす積極的な生き方を

中森
鞍馬寺のご本尊さまは、尊天さまになるんですか?

信樂
そうです。

中森
その現れが月と太陽と大地で、月が観音さま、太陽が毘沙門天、大地が魔王さまの姿で顕現されているんですね。その三身(さんじん)を一体として尊天さまとお呼びするのですか?

信樂
そうですね。尊天とは一言で申し上げれば、宇宙のお働きです。宇宙はすべての生命を産み育てる根源の働きを持っています。この働きを大霊、大生命、いのち、法、気、エネルギーなどと言い表しますが、鞍馬山では、この宇宙の真理を尊天と称しているんです。私たち人間をはじめ万物を生かし存在させてくださる宇宙のエネルギー(気)のことです。だから形としては万象、すべてが尊天です。
鞍馬山は、このエネルギーが特に強く現れている聖域であるといわれ、尊天の気によって育まれた自然に満ちあふれた全山を尊天の顕現として護り継いでいるんです。

中森
森羅万象を顕現しているっていうことですね。



信樂
そうです、そうです。森羅万象、宇宙は凄いですからね。
その中で地球は小さな点にもならない。その地球範囲で考えたときに一番わかりやすいのは、太陽と月と自分が住んでいる地球―大地ですよね。さらに集約すると、観音さまはお月さまのエネルギーだと思います。イコール、水ですね。

中森
恩恵をいっぱい受ける命の水が、観音さまなんですね。

信樂
そうです、慈愛のお働きです。すべてのものを分け隔てなく潤す水のように普く慈愛をふりそそいでくださるのが観音さま。私たちはそう信じているんです。あとは、毘沙門さまは太陽です。明るくて暖かな大きなエネルギーです。

中森
宇宙から見たらすべては一つなんですね。

信樂
そうなんです。私たちはそう信じています。仏教だけじゃなくてイスラムもキリスト教も、みんなそうでしょう。神という言い方もあるし、仏と言うこともできますけれど、みんな宇宙の大きなエネルギー。それを受けて私たちは生きている、いや、生かされてるわけでしょう? そう思えば宗派も何もこだわることはないんじゃないでしょうかね。垣根はいりません。

中森
ご著書に、自ら前進、実行する生き方を鞍馬山では「積極道」とおっしゃって、とっても大切な一カ条だと書かれています。鞍馬山の入口でいただいたパンフレットにも「鞍馬山は、毎日を明るく正しく元気よく積極的に生き抜くための活力を、本尊である尊天からいただくための道場である」とありますね。積極道とは、何事も自ら進んで積極的に実践していく生き方をいうのですね。

信樂
マイナスの条件がくると私たちはみんなしゅんとなって、しおれてしまいますね。けれどもマイナスがあるからこそ、深く考えたり反省したりすることができる。マイナスを肯定的にとらえて、マイナスを遠ざけるのではなくてプラスに転化してゆこうとする生き方が積極道です。そのためのお力を魔王尊からいただく。魔王尊は大地です。大地はすべてを受け留めて新しい生命を育むでしょう。

中森
何事も繋がっているわけですからマイナスのように見えてもプラスなんですね。

信樂
一つのものですわ。紙の裏と表のように。

中森
裏と表、陰と陽も一つなんですね。
それとご著書に、貫主さまが資料の本を探していらっしゃるときに、お父さまが「本が呼んでくれる。だから無心になって、本の呼び声に耳を澄ませなさい」と言われ、ある時は実行すると本当に本の声が聞こえてきたという「無言の呼び声」というお話がありまして強く心に残っています。

信樂
ここにあるよ、ここにいるよと。そうなんですよ。万象みんながそういう働きをしていると思うんです。

中森
声なき声。だから物にもちゃんとこちらに響くものが。書物も品物もみんなお互いにエネルギーが伝わるんでしょうね。

信樂
そうですね。思いを心というわけですけれど、心は波動です。私はそう信じているんです。心がプラスの明るいとか温かいとかいう波動を出していれば、その波動に共鳴します。心がマイナスの波動を出していたら、それに共鳴してしまいます。

中森
本に呼びかける、本の声を聞くとは、心を開いて本と一体になるということですね。どこに隠れているかわからないけれども、耳を澄ますと本の命が答えてくれる。とても好きなお話です。私は家の中で年中、本探しをしているので、これからはまず耳を澄ませてみます(笑)。

信樂 
あはは(笑)。耳を澄ますということは心を澄ますということですね。

中森
ご著書に鞍馬山は「祈りの山」とありますように、あちらこちらでお祈りをしている人の姿が見えるんですけど、私たちはどのように祈るのがいいでしょうか? 誰でも何か困ったときには祈ったりはするものです。でも、日常的に、日々に感謝のお祈りをするのが、自然な習慣になるのがいいですよね。

信樂
私も毎日ご宝前でお祈りしますけどね。私自身のことですけれど、「一心頂礼と心をこめてお祈りします」と、三尊尊天のお名前を申し上げてから「十方法界常住三宝」と唱えて、三回礼拝します。十方法界、四方八方と天地で十方、全部包まれている、尊天に包まれて一体になって、ここに尊天がおいでになる、そんな気持ちで礼拝するのです。そして最後の時にはちょっと厚かましいのですが(笑)、「魔王さま、どうぞ破邪顕正(邪を正すきよめ)のお力で、心や体のマイナスをお清めください」。その次に「清らかになった心と体に正しい智慧の光が輝きますように」と毘沙門さまにお願いします。
最後に「観音さま、ご縁のある方すべてが安らかであるようにお守りください」と、香り高いうす衣に包んでくださるようにお恵みをお祈りします。でも、どこまでいっても清め、懺悔だと思いますね。

中森
そうですか。私は自分の心を見つめるということが大事だと思って、心理療法を勉強したり、シェアしたりしていますが、心のことをやればやるほど、さらに癒しとか浄化が大事だと分かってきました。懺悔と言葉は違っても、同じですよね。貫主さまのような方でもお祈りされるのですね。

信樂
そうですよ! 人間は、自分で生きてると偉そうに思っていますけれど、それはちょっとです。人間はほんとに賢いんだけれど、もうちょっと謙虚にね、大きな力に生かされていることに気づいてもらえるといいなあと思いますね。至らないことばっかり。そう思ったら、お清めください、どうぞお頼みしますと言うしかない。でも、何もせんと頼みますはダメだから。一生懸命生きませんとね。

中森
そうそう! 積極道ですね。

信樂
力の及ぶ限り一生懸命生きる。そうした上であとはお任せします。足らないところはどうぞよろしく、間違っていたらお教えくださいという謙虚な気持ちです。鞍馬で言えば尊天のお力、宇宙の法、真理を尊んでいる、目標にしているということでしょうか。別の言葉では生きる上でのものさし。

中森
そのようにできるときと、何かの状況で、それは知ってるんだけどなかなかできないという場合もあります。そのときに、これは私のエゴの声、幼い未熟の声なんだ、自分でできないこともあるという事実をあるがままに素直に受け入れて、できるようにと「お願いします」とお祈りすればいいですよね。

信樂
そう思いますね。そうすると、自分の心の波動が浄化されていくんですね。

中森
貫主さまは本当にお元気でいらっしゃいます。健康法とか何か心がけていらっしゃることがおありなんですか?

信樂
そうですね、食事のほとんどが野菜ですけど、よく噛んで細かくしていただいています。体に負担がかからないように自分を大事にしないと。心もそうですけどね。それと好きだからとか、食事の内容が偏ってしまうと体のバランスを崩してしまいます。それはやっぱり申し訳ないです。体は尊天からの預かりもの、親からのたまものですからね。

中森 
お肉とかは、あがられますか?

信樂 
全然食べません。

中森 
精進料理を?

信樂 
そうです。ご信徒の方が自分の畑でできましたと言うて、ご尊天さまにお野菜をお供えくださるんです。それはもう、ほんとありがたいことなんですね。真心がこもっています。そのお下りをいただきます。
お野菜と言っても、命です、みんな。捧げてくださった命をいただくのですから、自分が正しく、プラスに生きないと、お供えくださった方にも、捧げられた命にも申し訳ないですよね。それこそ供養になりません。
お山には食前のことばがあって、「一滴の水も天地のめぐみ、一粒の米も労苦のたまもの、濃淡多少は問うところにあらず、謹んで食の功徳を念ぜん、いただきます」と言います。いただきますとは、そういうことでしょう? 
水のめぐみを例にすれば、ここお山は水道がなく、天然の水のみの暮らしです。だから「お水さんありがとう」と、いつも言ってるんですね。それは形ではなくてほんとうに大事にしています。

中森
大自然と一体になった暮らしそのものですね。知性・理性とかではなく、愛のエネルギーに生かされているというか。

信樂
そう。生きる源でしょう? 水は。地球上に水がなかったら生命は発生していません。また、太陽に温められた水は水蒸気になって、雲になって雨や雪になって戻ってくるでしょう。見えないけれども水の姿、形がありますよね。そのように廻っています。皆そうじゃないですか? 宇宙の法でしょう? すべてのものは巡っています。

中森
木の葉が枯れて落ちても、春になれば再び新しい芽をふくように……。

信樂香仁貫主は「手をつないで虹の橋を渡ってゆきましょうね」というメッセージを中森じゅあんさんにおくられた

信樂 
そこからまた次の役に立っていく。何でもそうですね、木でも野菜でも。皆そうです。これが宇宙の姿ですからね。

中森
その本質を見失わず、今、肉体があって生かされていることをいつも感謝するというのが、一番いい生き方に繋がるのでしょうね。



信樂
そうですよね。とにかく思い起こすことですよね。

中森
忘れそうになったときには「ああ、ありがたいな、生かされているんだな」ということを思い起こしながら生きたら、どんなこともプラスに変えられる意識が生まれてきますよね。自然に自分の中からね。すぐ人に聞くとか、何かに頼らず、また、頭でアレコレ考えたりしないで、心で感じ取るっていうのですかね。それでいいのでしょうか?

信樂
はい。私は、そう思ってます。

中森
本当に今日はいいお話をたくさん伺いました。

信樂
とぎれとぎれで十分ではないですけれど(笑)。

中森
是非ともまた伺わせていただきます。ありがとうございました。


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