いのちの響き

世の中には、いのちを支える仕事に就いている人がたくさんいます。また、限りある自分のいのちと向き合うなかで、輝きのある人生を歩み始めた人もいます。日々 、どういのちと対峙しているのか。その思いを聞きました。

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いのちの響き

人は一人では生きられない 奥田 知志さん (北九州ホームレス支援機構理事長・牧師)

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奥田 知志(おくだ ともし)
1963年、滋賀県生まれ。1990年にホームレス支援組織「北九州越冬実行委員会」事務局長に就任。同年、東八幡キリスト教会牧師に。また、その翌年、「NPO法人北九州ホームレス支援機構」を設立。路上生活者の生活を支えながら、自立支援住宅の建設などに取り組んできた。2007年には、ホームレス支援全国ネットワークの代表に就任。北九州での活動の理念や取り組みが多くのマスコミに取り上げられる。
北九州ホームレス支援機構 http://www.h3.dion.ne.jp/~ettou/npo/top.htm









一生かけて「希望」を探す

────ホームレスの方の支援を始めたのはなぜですか。

関西学院大学一年のとき、神学部の先輩に連れられて大阪・釜ケ崎で日雇いで働いている人を支援する活動に参加したのがきっかけです。
私は高度成長期のサラリーマン家庭に育ち、日本は平和で豊かでみんな頑張って働いていると思っていました。ところが、日雇い派遣労働者の現状を見て、人間が使い捨てにされているような日本は、本当に豊かで平和といえるのかとショックを受けました。
私はキリスト教徒なので「神が御座すなら、なぜこんなことが起きるのか」と、今まで信じていたものが崩れていきました。

────それでも信仰を捨てなかったわけですね。

過酷な現実、そのうえ「神はいない」などと言われたら、この人たちはどうなるだろうと思ったからです。聖書には、「我らの神は隠れたる神である」と書いてあります。だったら、「神なんかいない」と感じている人たちといっしょに、一生かけて神さまを探そうと思ったのです。神さまとは、「希望」とか「いのち」と言い換えてもいいと思います。それは一生探しても見つからないかもしれませんが、支援活動を通して希望はある、と思うことは何回も経験しました。


「ホーム」の回復を目指して

────具体的な活動内容は?

食べる物、住む場所の提供と職業支援が基本的な活動です。街を巡回してお弁当や薬を配り、週に一回公園で炊き出しをし、住む場所のお世話や就職の相談をするなど、できることは何でもしています。
先日、その数日前にアパートに入った方を訪ねました。この方とは十年間、毎週炊き出しで会っていたのですが、アパートで生活を始めたために顔を合わせなくなり、二週間ぶりに会ったのです。寝食の苦労がなくなって本当によかったと思っていたのですが、会ったときの第一声が、なんと「寂しかった」でした。そう言って部屋に座る姿が、駅の通路で座っていた姿に重なりました。

────住まいができても、本質的な問題は解決していないということですか。

野宿の人たちには、住む場所がない「ハウスレス」という物理的な問題と、「寂しかった」という言葉に象徴される「ホームレス」という問題があります。「ホーム」とは、「家」ではなく、「家庭」「家族」「絆」です。それが欠落しているから、「最期は誰が看取るのか」という苦悩が生まれます。
自立しても、孤立していたらそれは自立とはいいません。死んだときに泣いてくれる人がいて、思い出を語ってくれる人がいる。ずっと関係を持ちつづける支援、そんな人生支援を私たちは目指しているのです。

────「ホーム」を回復してほしいということですね。

そうです。できたら家族のもとに帰したい。それができないのなら、私たちが家族の代わりに最期は看取ります。私は、自分自身が一人では生きていけないと自覚しています。人間はみんなそうだと思うのです。だから強い人が弱い人を助けるのではなく、「おんなじいのち」を支え合うのです。


新たな「ホーム」を創るために

────若者のホームレスが増えているそうですね。

二〇〇八年の派遣切りは、若者から職も住まいも奪いました。今の若者は、「助けて」と言ったら、大人は「お前が悪い」と言うに違いないと思い込んでいて助けを求めません。そして、「周りに迷惑をかけるだけだから死にたい」と言います。私はこの子たちをなんとか生かさなくてはなりません。「満足ではなくても幸福だという生き方があるのではないか」と話します。
最近、小・中学校で授業をすることがあり、そこで椅子取りゲームをします。椅子を減らしても人は減らしません。協力して全員が座る努力をするのです。子どもたちは、椅子が減っても丸く並べようとします。だから、「一人でも多くが生き残るには社会の形を変えればいい」と言うと、椅子を並べ替えて工夫を始めます。

──自分だけでなく、みんなの幸せを考えていくということですか。

そうです。私の家に居候していた何人かの若者が、介護職の免許取得を目指しています。自分が助けてもらった経験から、人を助ける職に就こうとしているのです。この人生観の変化は、“満足と幸福の議論”の彼らなりの結論だろうと思って見守っています。

──今後の課題は。

問題は、家があっても「ホーム」がないというように、日本社会全体が無縁化していることです。「絆の制度化」を考えなければなりません。

──具体的には何をしますか。

困窮・孤立状態にある方々を支援する地域拠点施設「抱樸館」を下関に造り、北九州にも建設を目指しています。
「抱樸」とは老子の言葉で、「原木を抱く」という意味です。原木そのままでは、トゲなどがあり、抱えた者が傷つくこともあります。しかし、その原木を捨てず、傷つくことを恐れずに受けとめてあげる人がいれば、その原木はやがて柱や家具となり、人びとのために役立てる可能性があるのです。私は、「ホーム」を失ったあらゆる人の傷を受けとめ、そうした人びとの新たな「ホーム」になりたいと思っています。


『やくしん』2010年8月号 (佼成出版社


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