いのちの響き

世の中には、いのちを支える仕事に就いている人がたくさんいます。また、限りある自分のいのちと向き合うなかで、輝きのある人生を歩み始めた人もいます。日々 、どういのちと対峙しているのか。その思いを聞きました。

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いのちの響き

ただ安らかに旅立ってほしくて 笹原 留似子さん (復元納棺師)

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笹原 留似子(ささはら るいこ)
北海道札幌市出身。幼いころから、キリスト教日曜学校に通い、聖書の教え、マザー・テレサの精神を学びながら、医療関係主催のボランティア活動に参加。巫女として奉職し、神楽や舞楽を神前で奉納。3年後、巫女長になる。その後、病院のホスピス病棟に勤務。病棟で多くの患者を看取るなか、「もっと自分にできることはないか」と考え、復元納棺師となる。現在、セミナー講師としても活躍する。2011年度「シチズン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。







──復元納棺師とはどのような仕事なのでしょう。

ひと言でいうと、事故や災害などで傷ついた遺体を生前の姿に重ね合わせて復元する仕事です。納棺師は、映画『おくりびと』によって広く知られるようになりましたが、復元師と納棺師を兼ねた復元納棺師は全国でも珍しく、その存在はあまり知られていません。

大切な人が病気や事故で亡くなったとき、その最期の表情が苦しんでいるように見えると、残された人の悲しみはいっそう深くなります。自分を責め続けるかもしれないし、目を開けたままだったら、そっとまぶたを閉じてあげたいと思うでしょう。

以前、私は病院のホスピス病棟で働いていたことがあって、多くの看取りを経験してきました。そこで強く感じたのが、最期の時こそ、患者さんを笑顔で眠っているような顔に戻してあげたいということでした。それはとりもなおさず、故人と遺族との思い出をつなぎ、心の絆を結ぶことにつながると考えたのです。

──東日本大震災後、被災地で遺体を復元するボランティア活動を続けてこられましたね。

身近な人と死別して悲嘆に暮れる人に寄り添い、悲しみを癒やす「グリーフケア」という支援がありますが、その輪を岩手県内の福祉・医療関係者らと共に広げようとしていた矢先に、あの大震災が起きました。沿岸部の惨状が明らかになるにつれ、いてもたってもいられなくなりました。〈何かできることはないか。とにかく動こう〉。そんな思いから、ボランティア組織「つなげるつながる委員会」を立ち上げ、あちこちから集めた支援物資を山ほど車に積んで、沿岸部の被災地に足を踏み入れたのです。

私は言葉を失いました。子どものランドセルやアルバム、冷蔵庫、コタツ、犬や猫の亡骸……。それらが一緒になって山のようになっていました。皆がここで生きてきた証を見せつけられたようで、胸が張り裂けそうでした。私は静かに手を合わせ、目を閉じました。故人の無念の思いをほんの少しでも感じながら、一人でも多くの人を復元させていただきたい。それが自分に与えられた使命だと感じました。

──その後、七月末まで被災地での活動が展開されたそうですね。

日を追うごとに、多くの遺体が収容されました。変わり果てた姿になって戻ってくる故人を前に、遺族は絶句し、悲嘆に暮れていました。興奮するあまり、警察官にくってかかる人もいたほどです。こんな状態で穏やかなお別れができるはずありません。しかも、一日経つごとに事態は深刻さを増してきます。なんとか、きれいな顔に戻してあげたい。順々に行くから待っていてね。祈るような気持ちでした。寝る間もなく、遺体復元に取り組んだのはそれからまもなくのことです。

復元作業は時間との闘いです。腐敗が始まると、元の姿に戻すのがさらに難しくなってきます。震災から十日後に発見された一人の女子高生もそうでした。少女のお父さんは、現実を受け入れられないのか、うつむいたまま、押し黙っています。「ちゃんときれいな元の姿に戻すからね」。そう語りかけながら、復元に取りかかりました。作業は二時間以上に及びました。正月に着ていたのでしょう、少女の仏衣には、鮮やかな晴れ着が用意されていました。足袋を履かせて、遺族との対面のときを迎えました。気丈にふるまっていたおばあちゃんは「ああ、眠っているみたいだ」と声を震わせると、ご両親もその場で泣き崩れました。おばあちゃんは、私の手をぎゅっと握り、こう言ってくれました。「この手は、たくさんの悲しみに出合うんだね。頑張れるように魔法をかけてあげるから、頑張れなくなったら、私の手を思い出してね。さあ、もう行きなさい。次の遺族が、たくさんの人が、いまあなたを必要としてくれているよ」と。
非日常の毎日で、あまりにも多くの苦しみや悲しみにふれ、心が折れっぱなしでしたが、私はこの言葉にどんなに励まされたことでしょう。

その後、遺体安置所の警察官たちが一人、また一人と「何かお役に立ちたい」と申し出てくれるようにもなりました。安らかに旅立ってほしい。その思いはみんな同じだったのです。全国から化粧品や脱脂綿、消毒薬など、たくさんの支援物資も寄せられきました。遺体の復元ボランティア活動は、こうした多くの人の支えがあってこそさせていただけたのだと思います。

活動が落ちついたころ、私は復元した人への思いをスケッチブックに描き記しました。身元不明で復元できなかった三歳の女の子、生後十日で亡くなった赤ちゃん、消防団の男性、女子高生……。スケッチブックの絵は皆ほほ笑んでいます。安らかに天国へ旅立ってほしいという切なる願いからです。マザー・テレサはこう言っています。「大切なのはどれだけたくさんのことをしたかではなく、どれだけ心を込めたかです」。いつでも、どこでも、誰にでもできる支援があります。それは、いま自分がいるこの場所で喜ばれる人になるということです。その思いと行動は、悲しみから一歩踏み出した遺族の心にもきっと届くはずです。それがつながるということなんだと思うのです。人は一人では生きていけません。でも、誰かそばにいてくれると、一歩踏み出す勇気がわいてくるのです。

『やくしん』2012年4月号 (佼成出版社


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