岩本 ゆり(いわもと ゆり) 1972年、神奈川県生まれ。幼少期から「死」に対して強い恐怖心や関心があり、「死にゆく人から学びたい」と看護師の道へ。7年間の看護師生活のなかで「患者の思いを社会に還元したい」と2002年にNPO法人「楽患ねっと」を設立。翌年、病院を辞め、同団体の副理事長、また医療コーディネーターとして医療相談などを実施。現在は楽患ナース株式会社取締役として、医療コーディネーターの養成や訪問看護ステーションの管理も行なっている。
http://www.rakkan.net 病院の外側に「本音」がある ―─「楽患ねっと」とはどのような団体ですか。
病気になった人が自分で納得した医療を受けるためのサポートをしています。具体的には医療コーディネーターによる医療相談や患者会の紹介、希少疾患で身近に同じような体験を持つ人がいない方に向けた情報提供なども行なっています。「患者さんの本音を医療現場に戻したい」という願いから「楽患ねっと」を立ち上げました。
もともと私は大学病院で婦人科の看護師をしていました。患者さんのつらそうな様子を目の当たりにするたびに、短いかかわりの中でも何か自分にできることはないかと思い、患者さん本人に尋ねたのです。ところが、皆、「忙しいでしょうから」「もっと重病な患者さんのところに行ってあげて」と遠慮するばかりで、本音を言ってくださいません。治療を「される側」「する側」という関係の中で、してもらいたいことがあっても患者さんからは言えないのが現状でした。
病院内で患者さんの本音を聞くことができないのなら、病院の外で聞くことはできないだろうかと考えました。当時、「患者中心の医療」が叫ばれていた時期でもありましたから、そうしたテーマの勉強会にも参加したのですが、そこにいるのは医療者ばかり。どこに患者さんや家族の「本音」があるのかと悩んでいたときに「ホスピスボランティア養成講座」に出合いました。参加者の大半がホスピス(緩和ケア病棟)で家族を看取った方がたで、「あのときは言えなかったけれど……」と、病院や医療者への不信感をたくさん聞くことができました。そうしたなかで患者会の存在もたくさん知り、「こんなにいい情報源があるのに、医療者だけが全然知らない」ということから、養成講座で知り合った仲間十人ほどで、患者会の紹介などからスタートしました。二〇〇二年にNPO法人化し、翌年、私は病院を辞めました。
―─ご自身が病院にいたときには見えなかった患者さんの「本音」とは。
私はホスピスの看護師をしていた経験があるのですが、患者さんの最期が近づくと、患者さんへの医療行為から遺されるご家族の心のケアに重点が移行します。患者さんが亡くなる前からご家族をサポートして、悲嘆に寄り添おうというものなのですが、あるご遺族の方はその行為がとても嫌だったと打ち明けられたんですね。「本人がまだ生きているのに、急に家族のケアをされるのは、『もうこの人はだめ』と言われているように感じた。最期まで患者のために尽くしてほしかった」と。
よかれと思って行なっているご家族へのケアが、患者に対する医療者側の諦めのメッセージとしてご家族に伝わってしまったんでしょう。大事なことを教えてくださったと思いました。
いい医療とは一人ひとり違うもの ―─「楽患ねっと」では患者さん同士の交流の場を提供すると同時に医療相談も行なっているそうですね。
情報を求めてくる方は、がん患者の方が八割です。純粋に自分と同じ体験を持った人とつながりたいという人もいますが、「いい病院を紹介してほしい」「いい治療法を教えてください」という問い合わせも多くあります。
患者さんご自身にとって「よい医療」とは何かを一緒に考え、患者さんが納得して治療を受けていくサポートをしたいと考えていますが、その実現のためには患者さんが、いま何に悩んでいるのかが明確でなければなりません。「いい病院を紹介してほしい」と訴えてくる方は、その裏に主治医との関係に問題があったり、治療法について納得できるような説明を受けていないなど、課題があるはずなのです。
私は相談の際、冒頭の一時間くらいかけて、病気の発症から今日に至るまでの病状や治療の経過を振り返るのですが、最初は「医師から何の説明も受けていない」と声を荒げていた人が、経過をたどるうちに「そういえば説明されていました」などと思い出すこともあります。また、別の治療方法を試してみたいけれど、どんな言い方をすれば主治医に不信感を持たれないかなど、コミュニケーションに悩んでいることが分かってくることもあります。あとの一時間では悩みの具体的な解決策について考えていきます。うまく主治医に話ができないという場合には、私が同席することもあります。
ときには電話口で「医療サービスの団体なんだから、いい病院を紹介してくれればいいんだ!」などと怒鳴られることもあるのですが、「いい病院」「いい医者」とは患者さんによって違うと思うんですね。私たちの活動は、単に症例数の多い病院を紹介するような情報提供サービスではなくて、患者さんが自分の状態を把握した上で、納得した医療を受けていく、「自己決定」を支えていくことが大きな目的です。
―─患者さんと医療現場を結ぶ貴重な役割ですね。
「楽患ねっと」では、看護師資格を持つ私だけが医療コーディネーターの役割を担っているのですが、看護師の中で「医療コーディネーターになりたい」という方が増えてきました。資質面接とその後の養成講座を経て、全国五か所で活躍しています。
やはりその土地に暮らす方が患者さんや医療者にかかわることが理想だと思うので、看護師の経験を持つ人が、病院と患者とのつなぎ役を担うことはとても大事です。併せて訪問看護ステーションにも力を入れ、病院に足を運べない患者さんとつながっていきたいと考えています。よりよい医療を実現するために、これからも頑張ります。