あなたと誰かの“こころ”を足して、つなぎあう
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仙台市の中心地にある一番町のアーケード街。繁華街の夜は、行くあてもない若者たちで賑(にぎ)わう。しきりに女性に声をかける男性のグループ、地べたに座りこみギターをかき鳴らす男女のペア。「ここに来っど、人がいっから安心すんだよ」。ギターを抱えた青年が投げやりに言った。 都会のうつろ…続きを読む
南浦(なんぼ)は、現在の臨済宗の礎(いしずえ)を築いた人物で、大応(だいおう)国師号が与えられている。 花は人が手を加えて、丹念に栽培するから咲くのではない。そうした人為で咲くのではなく、自然という無限の力の働きによって開花するのである。 この言葉に続けて南浦は、「自然の春風が…続きを読む
《賢治の農業への理想が語られた羅須地人協会は、今も花巻市内にある》 数ある賢治の童話の中で「なめとこ山の熊」は、宗教的境地の深さにおいて、屈指の作品といわれる。 主人公は熊取りの名人、小十郎。熊の言葉が分かる。月の光の中、母子の熊は白く輝く花について睦まじく語り合っていた。優し…続きを読む
これは良寛の自作ではないが、良寛が最も親しんで口にした句である。もみじの葉は、表と裏があって、一枚の葉を形成している。表と裏が別々にあるのではない。もみじが表と裏を見せながらハラハラと散る様子は、あたかも自然の実相を表わしていると良寛は見た。 同じように、すべてのものには、表と…続きを読む
夕暮れの羽黒山を歩いた。 旺盛な生命力で芽吹く下草の上に、枯れた木がうなだれている。隣り合う生と死を見つけた。見上げれば、天を指す杉木立が山道の闇を濃くし、雨が顔を濡らした。ふいに舞う風は、森羅万象の息遣いなのか――。山は、じつに多彩な表情を持つ。 羽黒山は、修験道を究める修行…続きを読む