あなたと誰かの“こころ”を足して、つなぎあう
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《良寛が20有余年もの間を過ごした五合庵(新潟県)》 年をへてをち(遠)の里よりしばしば法を聞きに通ふ人あり、おのれも志切なるに愛でて思をくだきて諭せどもそのしるしなかりけり、おもほえず涙をこぼしぬ、さてかくなむいかにして人をそだてん法のためにこぼす涙は我が落すなくに 法を聞き…続きを読む
昔々、ある漁師の村に、キヨという名の一人のじいさまがおったそうな。キヨじいさんは、漁に出る船でかしき(めしたき)の仕事をしておった。漁師の若い衆たちは、おっとりして正直者のキヨじいさんを「かしき、かしき」と呼び捨てにしては、小間使いのように使っていたと。けれど、じいさまはいやな…続きを読む
誠(まこと)の心とは、真実の心であるという意味である。誠の心は、法然(ほうねん)の場合は極楽往生を願う人が持つものであるが、それは単に言葉だけのものではない。 「身にふるまい、口にいい、心に思わんこと」と次に書かれているように、行為や言葉、さらに心に思うことといった、私たちの生…続きを読む
やなせ なな 浄土真宗本願寺派教恩寺住職(法名・釈妙華)。1975年、奈良県生まれ。龍谷大学文学部真宗学科在籍中にバンド活動をはじめ、卒業後、本格的に音楽活動をスタート。2004年5月に『帰ろう。』でデビューし、演奏活動の他、エッセイの執筆など活動の幅を広げる。「お寺コンサート」…続きを読む
昔々、ある漁師の村に、キヨという名の一人のじいさまがおったそうな。キヨじいさんは、漁に出る船でかしき(めしたき)の仕事をしておった。漁師の若い衆たちは、おっとりして正直者のキヨじいさんを「かしき、かしき」と呼び捨てにしては、小間使いのように使っていたと。けれど、じいさまはいやな…続きを読む